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名もなき日常

何気ない毎日が大きな物語を作っている

あてのないウォーキング

7年程前に、

会社のメンバーでどこかの市が開催する駅伝に出場しようということになり、

ランニングの練習に励んだ時期があった。

また、自分の中のモヤモヤした気持ちを吹き飛ばすために、

夏の夜に家の周辺を闇雲に走った時期もあった。

目的のあるランニングをしていた時の話。

 

ただ、「ウォーキング」というものをこれまでやったことがない。

もちろん、移動のために歩くことは日常だが、

あくまでも移動のための手段として、歩いているため、

いわゆる「ウォーキング」とは、異なるものだろう。

やったことがない理由は、

目的や目的地がなく歩くということの意味が、見いだせなかったからである。

 

ダイエットのためならば、体力をつけることも同時に考え、

走った方が効果的だと思っていたし、ウォーキング以外の手段の方が、

「ダイエットをした感」が得られると思っていた。

 

ただ、今、ウォーキング(というよりはただの散歩)が日課になりつつある。

1日40分から1時間程度。だいたい5〜8キロくらいの距離になるだろうか。

 

目的は体力・持久力の維持と体重制限。

過去の自分だったら、上記の目的ではウォーキングは選択しない手段だが、

今の自分にとっては、

最も手っ取り早くて効果的な手段がウォーキングであると結論づけた。

 

移動が目的の時には、電車に乗ってしまっていた道のりを、

たった1駅分でも歩いてみると、これまで知り得なかった生活が垣間見える。

 

古レコード店では、入り口のスペースを利用して、

レコードを均一100円で売り出している。

老若男女が、お気に入りのレコードを見つけるべく、

手に取るレコードのジャケットとにらめっこ。

箱の中に縦に並べられたジャケットを1枚ずつ引き出しては、吟味し、

気に入るものがあれば脇に挟んでいく。

アナログの良さが見直されつつあると言われているせいか、若者の姿も多い。

店内には、CDも所狭しと並んでいるが、客は見向きもせず、

レコードに夢中だ。

ふと彼ら彼女らは一体どこで、100円均一の情報を調べるのだろうとふと考えてみた。

常連客なのだろうか?

実はこのレコード店、SNSを盛んに活用して宣伝してたりして?

もし、たまたま通りかかった店で、このようなセールに巡り合ったのであれば、

それは幸運だろうな。

 

駅から5分程度の場所に釣り堀を発見した。駅から近距離であるにも関わらず、これまで釣り堀があるなんて、気付きもしなかった。

平日は、2〜3人程度しかいないが、週末は、結構混み合っている。

3メートル四方の釣り堀に、隙間なく人が座っていることも多い。

週末に遊びに来た孫を連れ、一緒に釣り糸をたらしているおじいちゃんかな?

都会の喧噪に疲れ、少しばかりゆったりした時間を過ごしたい大学生かな?

そこに流れる時間は、ゆったりとして幸福の象徴のようなものに感じられる。

 

レコード店の前を通ることは、これまでもあったけれど、

駅へ急ぐための通りの一角に存在しているこじんまりとした店であるため、

そこに誰がいるのか、店でどのような催しをやっているのを気にしたことはなかった。

 

釣り堀に関しては、存在自体を知らなかった。

これまでとは、別の方向にたった5分だけ歩いた場所にあり、

利用者にとってみれば憩いの場所を、知る由もなかった。

 

目的地は明確ではないけれど、これまでに見つけられなかった景色や人々の営みに触れられるのが、あてのないウォーキングの醍醐味であると気付き始めた。

 

目的がないとか、目的地がないとは言っているが、

ウォーキング中に必ずやるように心がけていることがひとつだけある。

それは、本屋に寄ること。

本屋の個性が見えるところが面白い。

同じ系列の本屋でも、店舗によってイチオシのタイトルや陳列の仕方が異なるため、

その違いを楽しむことができる。

ウォーキングの時は、可能な限り身軽でいたいことから、

本を購入することは避けているが、

先日は、古本屋に立ち寄った際に、本を購入した。

本との新たな出逢いをウォーキングが紡いでくれた。

 

己の足で歩くことで出逢ったものは、己の感性をより高めてくれる。

あてのないウォーキングだからこそ、本来の目的以外の出逢いを齎してくれる。