名もなき日常

何気ない毎日が大きな物語を作っている

引退という決断 〜浅田真央選手にありがとう〜

昨夜、フィギュアスケート浅田真央選手が、

選手としての終止符を打つ決断をしたことをブログで明らかにした。

筋金入りという程ではないが、フィギュアスケートファンとしては、

「今まで本当にお疲れ様でした」と言いたい。

 

フィギュアスケートに興味を持ったきっかけが、

浅田真央選手と髙橋大輔選手だっただたけに、勝負の舞台に立つ両名を

もう見ることができないのは、正直寂しい気がする。

ただ、以前、真央ちゃん(あえてここでは真央ちゃんと表記したい)も言っていたというが、

若手の選手が台頭しているので、フィギュアスケート界の盛り上がりは、

今後も期待したい。

 

26歳という若さで、ひとつのことに終止符を打つ決断をするというのは、

どのような気持ちなのだろうか。

終止符を打つものが大きすぎて、計り知れない。

自身のような凡人には、まったく理解に及ばない境地だと思う。

 

26歳と言ったら、人生でいえばこれからだ。

「これから」楽しいこともつらいことも待っている年齢だ。

その年齢まで、国の大きな期待を背負い、重圧に耐えてきたことを思うと、

脱帽以外の何ものでもない。

 

ソチオリンピックの時、ショートプログラムで16位と出遅れた結果に

「今回は無理だな」と勝手に落胆し、

フリーをリアルタイムで応援しなかったことは、本当に悔やまれる。

真央ちゃんの強さを知っていながら、諦めてしまった自身が情けない。

 

試合後に放送された彼女の渾身の演技を観る度に、目頭が熱くなる。

なんて素晴らしい演技だったのだろうと思う。浅田真央のすべてが

詰め込まれたような演技だった。私がフィギュアスケートに魅了された頃の

真央ちゃんの魅力のすべてが最高の形で凝縮されていた。

 

手足の長さを存分に生かした高いジャンプ、そのジャンプに迷いも恐れもなかった。

そこにあるのは、前日の結果もすべて受け入れた上で、

最高の演技をするのだという覚悟というか、ある種清々しいまでの

開き直りのようなものに感じられた。

氷上で演技を心から楽しんでいるのではというのは、表情からも伝わって来た。

 

彼女はその後のインタビューで、「応援してくれた人に恩返しができたフリーだったのではないか」ということを語っていたが、

大きな重圧を、そして大きな重責を、若干23歳で抱えていたことに、

また熱いものがこみ上げて来た。

 

フィギュアスケートを始めて21年だという。

一体、その何年を自身浅田真央のためではなく、国民の期待のために、

費やしてきただろう。捧げてきたのだろう。

もちろん、本人は「日本のために」という意識のみではなく、

自身の目標達成のために奔走してきたと思う。

ただ、彼女の場合は、自分の目標が、そのまま国民の期待だった。

それは、自身の目標に留まらず、国民の期待を背負うことになってしまう。

ソチオリンピックショートプログラムを振り返ったときに、

「とんでもないことをしてしまった」と表現していたが、

それは、自身のことだけではなく、声援を送っていた国民や関係者のことを

思っての発言であったと思う。

 

大会で成績を残し、「天才少女」と持て囃され始めてから、

フィギュアスケートは自身だけのためでないものになってしまったはずだ。

また、本意でないことも多く経験したと思う。

他の人が背負わなくてもよいものをたくさん背負ってきたと思う。

だからこそ、選手生活に終止符を打った今後は、自分だけの次の人生を

楽しみながら歩んでもらいたいと感じる。

 

間違いなく、日本のフィギュア界を盛り上げた逸材だった。

彼女の存在がなければ、今の日本フィギュアはこれほどまでの盛り上がりは

なかったのではないか。

 

10代〜20代前半という、最も多感で楽しい時期を

日本のために、フィギュアファンのために努力してくれて本当にありがとう!

真央ちゃんの勇姿は忘れません。